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コラム

グァテマラよもやま話 その21 神様のおかげで


2021.06.30コラム


グァテマラの最西部に、ウェウェテナンゴ県があります。

ウェウェテナンゴ県は、グァテマラで最も標高が高い地方で、場所によっては3000メートルを超えます。寒いため、サウナや厚手のウィピルが見られ、サン・マテオ・イシュタタン村などではカラフルで目立つ柄の特徴的なウィピルが着られています(この村は岩塩でも有名です)。また、トドス・サントス・クチュマタン村、サン・ファン・アティタン村など、男性も普段から民族衣装を着ている村があるのが特徴です。

 

マヤの伝統文化が好きな旅行者にとっては、非常に興味をそそられる地域ですが、まず首都グァテマラシティから県都ウェウェテナンゴまでがプルマン(高速バス)で5時間以上と遠く、そこから各村まではさらに遠いため、旅程に制限のある観光客はなかなか行くことができません。

 

トドス・サントス・クチュマタン村に行った際、村の子どもとサウナに入る機会がありました。形はピザ焼き窯みたいで、入口は狭く、内部もだいぶ小さいです。だいぶ身体を縮こめていないといけませんが、それほど熱くはないので、大丈夫です。

照明はないので、隙間から漏れ入る光がないと真っ暗です。そのときは、村の子どもから、ブルースリーはあんなに強いので何故死んでしまったのか、と熱心に質問されました。彼は、滅多に見ることのない東洋人である私が、ブルースリーの同国人であり、ブルースリーのことを良く知っているから、この謎を解くカギを知っているはず、と意気込んだのでしょう。私は気の利いた答えが見つからず、ただ微笑むしかありませんでした。

 

翌日は、隣のサン・ファン・アティタン村まで、山道を徒歩で行きました。すれ違う村人に、あとどれぐらいで着くか聞くと、みなさん、あと1~2時間だよ、と答えてくれます。5時間ぐらい歩いた後で聞いても、同じ答えです。結局、朝出て夕方前に着いた記憶ですが、分かれ道がなくて助かりました。

途中、農耕馬が1頭、道端の木の葉をむしゃぼり食っています。帰宅途中なのでしょう、飼い主と思われる男性に急かされていますが、平然としています。これを見て、「道草を喰う」とはこういうことなんだ、と感動しました。

 

トドス・サントス・クチュマタン村には、ウェウェテナンゴからいったん標高3000メートル超の峠まで北上し、そこから急坂を下ります。この峠を下りずに、そのまま北上する道が、ウェウェテナンゴ県奥地の村々に繋がっています。この道沿いは、森林限界を超えているので、リュウゼツランや地衣類が生えている程度。世界の果てとでも言うべき、得も言われぬ雰囲気があります。

 

この道でサン・マテオ・イシュタタン村まで行き、その後西に向かうと、メキシコ国境に向けて標高が下がっていきます。やがて乾燥し赤茶けた岩石地帯となり、ここは火星ですよと言われても違和感のない風景が広がります。内陸部で、人もほとんど住んでいなさそうな割には、山岳地帯と比べてずっと路面状態が良く、幅も広くて走りやすい道が続きます。

 

やがて国境に辿り着くと、そこには、グラシャス・アディオスという村があります。「神様のおかげで」あるいは「神様ありがとうございます」という意味です。ド田舎なのに、大層な名前。しかもこじんまりとした村なのに、何軒も立派な家があります。

 

グァテマラのメキシコをつなぐ幹線道路は、ウェウェテナンゴ県を通るパンアメリカンハイウェイや、南部海岸地方のサンマルコス県を通るルートが複数あります。いずれも道路は舗装されており、大型トラックが行き交っています。しかし、グラシャス・アディオスまでの道は、通る車はほとんどありません。

 

ここで、聞いた話を少々。

アメリカに密輸されるコカインは主としてコロンビア原産とされています。このコカイン、そのままアメリカに飛行機で持ち込めれば早いのでしょうが、アメリカの空港のチェックはそんなに緩くありません。それで陸路が利用されるものの、コロンビアから全部陸路で運ぶためには、多くの国境を通過する必要があるため、リスキー。それで、いったんグァテマラのジャングルに空から落とし、そこから陸路でメキシコ国境・アメリカ国境を超えるというルートが存在するとのことです。

また、当時のグァテマラは、反政府勢力と政府との和平協定が締結されておらず、法的には内戦状態でした。グァテマラの反政府勢力はメキシコとの国境にあるウェウェテナンゴ県やサンマルコス県に潜伏しているし、メキシコの反政府勢力も、グァテマラ国境にあるチアパス州に潜伏している、とのことでした。

おそらく、両国の国境一帯は、それなりに管理はされているものの、いろいろな人たちや物たちが行き交う、混沌とした状態だったのかもしれません。

 

そういう国境の不思議な空気を強く感じた一日でした。

 

続く

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