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コラム

グァテマラよもやま話 その30 クラッシュ


2022.01.05コラム


私は、グァテマラでの任期終了間際に、結果として全治8か月を要することとなった複雑骨折を伴う交通事故に遭いました。

 

その日、任地サラマの隣町であるサンヘロニモで、協力隊のイベントがありました。サラマのあるバハベラパス県で活動する隊員たちが集まり、首都グァテマラシティからは調整員(協力隊の管理職)も参加しました。

 

イベントは夕方遅くに終わるのですが、すでにバスがない時間帯のため、ほとんどの隊員はそのままサンヘロニモに宿泊しました。せっかく皆が集まる機会なので、私もそのままサンヘロニモに宿泊すれば良かったのですが、魔が差したというのは正にこのことなのでしょう、私はもう一人の隊員とともにサラマに帰ることにしました。

 

サンヘロニモにはバスでも行けますが、サンヘロニモまでの道は舗装されていて、直線が多く快適なので、私は普段からバイクで行っていました。また、グァテマラではバイクにノーヘルで乗る人が多いのですが、私は、もちろん安全のためもありますが、ノーヘルだと飛んでくる虫が顔面に当たって痛いし、目や鼻や口に虫が飛び込んでくるのが嫌、ということもあり、普段からヘルメットを装着していました。

 

ということで、私はこの日も、ヘルメットをかぶってバイクでサンヘロニモに行き、バイクでサラマに帰ることにしたわけです。

 

我がDT50はとても良いバイクですが、前照灯は少々非力です。グァテマラの田舎道には街灯なんてありませんので、日没後に走るときは、目の前が何とか見える程度です。非常にスリリングなので、夜は極力サラマの町中から出ないようにしていました。

 

この日は帰りが夜になってしまったので、真っ暗な中、前方に目を凝らしながら走っていました。ところが、サラマの町に差し掛かったあたりで、この日に限ってどういうわけだか、こちらの車線の路肩にも、反対側の車線の路肩にも、自転車が何台も走っています。しかも無灯火で。ただでさえ自転車はどんな動きをしてくるかわかりません。私は左右の路肩に目を向けながら、この危険地帯を突破しようとしました。

 

すると、目の前に何かある!

 

こういう瞬間、時間がゆっくり流れることがあると聞きます。実際、私が日本でバイクの転倒事故を起こしたときも、横倒しの状態でバイクがフレームを地面に擦らせて火花を散らして滑走していくのを、宙に舞いながら眺めつつ、あぁ火花がきれいだなぁとぼんやり思ったことがあります。その時は、たしかに時間がゆっくり流れていました。

 

しかし、サラマでは時間はゆっくり流れることなく、私はあっと思った直後、そのままノーブレーキで目の前の物体に激突しました。衝撃で、私の身体は前方に放り出され、数メートル先の地面に後頭部から落ち、そのままゴロゴロと転がりました。止まったとき、私の右後方で、牛が、モー、モー、と鳴きました。なにすんだよー、痛いじゃないかー、という風に私には聞こえました。牛は2頭いました。

 

私は牛車の荷台に追突したのです。追突直前の光景は脳裏に焼き付いています。バイクの右フットブレーキペダルに乗せた私の右足と、牛車の荷台の左後部角付近が衝突しました。そのため、私は前方やや左に飛び、牛たちは前方右に押しやられたわけです。真後ろから衝突していたら、私はおそらく2頭の牛の間にすっ飛び、驚いた牛たちに踏まれて内臓を破裂させていたことでしょう。また、ヘルメットをかぶっていなかったら、頭蓋骨骨折か外傷性くも膜下出血により命はなかったでしょう。

 

私は地面に横たわりながら、危うく一命を取り留めたこと、それが極めて幸運であったことを悟りました。あー良かった・・・。そして、恐る恐る右手を動かしました。あ、大丈夫。次いで左手・左足を動かしました。こっちも大丈夫。そして右足。足首から先が動きません。あ、これはやっちゃったな。でもこれだけで済んだなら、ホント良かった・・・。

 

そうこうしているうちに、後ろからついてきていたもう一人のサラマ隊員が、事故現場に到着しました。私が転倒しているのを見つけ、大慌てで駆け寄ってくれます。私は無事(でもないですが)ではあるが、足をやられて立ち上がれないことを伝えました。事故現場はたまたま、その隊員のホームステイ先付近だったので、家主さんから病院に連絡してもらうことができました。

 

救急車は案外早く到着しました。サラマに救急車なんてあったんだ。救急車と言っても、赤く塗ったピックアップトラックです。私は荷台に設置された簡易ベッドに乗せられました。救急車にもアジュダンテがいて、アジュダンテは、骨折しているであろう私の右足の靴を、編み上げのワークブーツの紐を解こうともせずに、強引に脱がそうとします。私は、病院に着くまで何もするな!と叫びました。アジュダンテは、足長いね、とか言ってニヤニヤしながらも、私を解放してくれました。サスペンションの固さと路面の悪さで、救急車はガタガタ揺れます。私はベッドにしがみつきながら、何とか病院まで辿り着きました。赴任当初、コレラ患者で溢れかえっていた、あの病院です。

 

 

続く

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