タイ北部の町チェンラーイは、ラオス・ミャンマーとの国境にほど近く、山岳地帯に住む少数民族の村への拠点となっています。
エスニック好きの私は、民族衣装をまとった少数民族の村人たちに会いたい、という強い希望を持っていました。なので、チェンラーイに着くと、ツアーを探してあちこち歩き回りました。
しかし、何と言うことでしょう。ツアーが見つかりません。聞けば、暑季にはそもそも観光客が少ないし、村を巡り歩くには暑過ぎて不向き、という理由で、ツアーはどこも開催していないことです。なんてこったい。これじゃタイに来た意味ないじゃん。悲痛な表情に現れた心の叫びが伝わったのでしょう。一人のガイドが、自分のバイクの後ろに乗って行ってもいいなら、連れて行ってあげるよ、と提案してくれるではありませんか。乗る乗る!全然OK!即答です。
ガイドの男の子はカレン族。自分の村に連れて行くとのこと。これ、むしろラッキーじゃない?翌日の出発を待ち遠しく思いながら、だいぶ勝手がわかってきて地雷を踏まずに済むようになっていた屋台で、美味しく食事をいただきました。
さて、出発です。バイクはオフロードタイプ。後にグァテマラで乗り回すバイクの、やや大型のものです。町を抜け、未舗装の田舎道を飛ばして行きます。途中、観光客向きのゾウの水浴びを観ます。ガイドは、まあ一応寄るかね、みたいな白けた空気です。私も、別に興味ないので、サクサク先に進みます。だんだん、道を走るというより、林の斜面を突っ切って行くような感じになります。これ大丈夫かな、という不安が頭をよぎります。でもまあ彼らは普段からこんな感じなんでしょうし、信じるしかありません。それよりも、自分が振り落とされないよう、ガイドの背中にしがみつくので精一杯でした。
どこかの村に着きます。親戚の家でしょうか、泊まらせてもらいます。木造の簡単な造りの家で、台風でも来れば壊れそうです。階段を上がって2階が住居、1階はありません。地べたです。ブタやらニワトリやらが自由に歩き回っています。聞いたことあるぞ、2階のトイレからそのまま地面に落とされて、ブタが食べるんだよな。そう思ってトイレの場所を聞くと、はい、2階にありました。トイレには日没後暗くなってから行きましたが、システムが発動されたかどうかは、残念ながら暗くてわかりませんでした。床下の生き物たちの鳴き声や蠢く物音が闇に響くなか、寝るとも起きるともなく過ごしました。
翌朝、薄暗い中呼び起されます。時計を見ると、まだ6時前。早くも朝ごはんです。家の主人が、客向けのご馳走を用意してくれています。メニューは、バナナ、もち米、何かの蒸留酒、何かの肉。何の肉か尋ねると、答えは「イヌ」。食べるのは初めてです。まずは一口。すべての味蕾が研ぎ澄まされます。舌に刺さってきたのは、容赦ない辛さ。山岳民族は激辛を好むと聞いていましたが、そのとおりです。犬の味などひとつも感じ取れません。たまらず飲み物を口に含みます。しかし、待っていたのは、アルコール度数がおそらく50度以上あるきつい酒。舌が痺れます。あらためて時計を見ます。朝の6時です。バナナともち米でなんとか口を和らげようと試みます。彼らの存在が心の底から有難い。ご主人は、私の口に合うか、興味津々で見守っています。逃げ場はありません。犬→酒→バナナ→犬→酒→もち米のローテーションで、失礼にならないようある程度食べ進めます。最後、ごめんなさいまだあまりお腹空いていないんです、などと言い訳して、この長い朝食は終わりました。
この日も山の中をぶっ飛ばして行きます。途中立ち寄った村では、子供たちがわらわら寄ってきます。すれていないのでしょう、純真な感じがすごくします。私のしていた腕時計に興味を持った一人の子が、自分の手首に腕時計の落書きをして、得意げに見せてきます。いいですよねぇこういうの。
ガイドの村に着きました。前日と同じような造りの家に泊まります。夕食後休んでいると、ガイドがやってきて言います。今からみんなでサル狩りに行く、夜の狩りは危険なので、お前はこのまま待ってろ。サルってどうやって狩るのか、非常に興味を惹かれましたが、たしかに危険そうではあります。おとなしく待っているうちに眠りに落ちました。
翌日、ガイドに首尾を尋ねると、ひどく浮かぬ顔です。サル狩りは成果なし、しかもバイクでコケたとのこと。見ると、ブレーキレバーが半分ぐらいのところで折れていて、木か何かを紐で括って長さを足して応急措置を施しています。ブレーキ自体は効くようです。とは言え、ちょっとこれ大丈夫?しかし信じるしかありません。緊張と暑さで喉がひりひりします。行きとは違って慎重なドライビングを見せるガイド。その背中にしがみつきながら、なんとかチェンラーイの町まで辿り着きました。
あっという間の3日間。二人で打ち上げです。ガイドお勧めの店に腰を落ち着け、緊張感から解放された私たちは、シンハービールの大瓶を次々に空けていきます。村で質素な食事をしてきた後、普通のタイ料理がものすごいご馳走に見えます。暴飲暴食の宴が終わり、満ち足りた気持ちで家路につきました。
最後に、南部のサムイ島に渡り、バイクで海風に当たったり、夜のビーチで満月に照らされたりしながら、南国気分を味わって、タイの旅は終了しました。このすぐあとに行くことになるグァテマラと、たぶん似ているんだろうな、と思いながら旅していたのですが、本当に似ていました。タイでグァテマラの免疫がある程度出来たように思います。後にアジア各地を回る取っ掛かりにもなったので、このタイの旅は私にとってひとつのターニングポイントになりました。
続く