マヤの村でも、犬はよく放し飼いされています。私の立ち寄り先の村、とくに人の通る道のあたりでは、だいたいの犬たちは私の顔がわかるので、あまり吠え立てられることはありませんでした。サラマの町中でも、放し飼いの犬をちらほら見かけましたが、だいたいおとなしくしていました。
しかし、知らない場所ではそうはいきません。彼らは、番犬としての職務に極めて忠実で、知らない顔を見ると、こっちに来るな、あっちに行け、とばかりに熱心に吠え立てます。小型犬なら可愛いもんですが、大型犬になるとさすがにびびります。
一度、ついうっかり、首都グァテマラシティのど真ん中にあるスラム街に迷い込んだことがあります。途上国の首都には大抵スラム街がありますが、街の周縁部など、普通の人やお金持ちの住む区域と分かれていることが多いと思います。しかし、グァテマラシティは、街の中心部も含めて、いくつかのスラム街が点在しています。市内バスも普通にスラム街や危険個所を通ります。一度、危険個所を含むルートを通りたくない、ルートを変更せよ、ということで、バスの運転手がストライキを起こしたことすらあります。
それでも、掘っ立て小屋が連なっていたりして、なんとなく雰囲気で、やばそうだな、ということはわかりますが、そのときは目的地までショートカットしようとしたため、スラム街に踏み込んでしまいました。
一天にわかに掻き曇り、という表現がありますが、まさにそんな感じで、一歩足を踏み入れた途端、急に怪しい気配が伝わってきます。それでも好奇心半分で歩いていると、でっかい犬がワンワン吠えてきて、うつろな目で半開きの口からよだれをたらした男が、ふらふらと近寄ってきて侮辱語を投げつけてきます。いや、これ以上は完全にやばいな、と思って道一本離れると、空気の澱みは一気に薄くなり、なんとか生還できました。
このエピソードで怖かったのは、犬というより、人でしたね。すみません。
さて、東部のとある町に行ったとき、ついでに近くの村の雰囲気を見てみようと思い、ふらふらと歩き回りました。村に着くと、ある家の前で、犬たちが吠え立ててきます。このときは3匹いました。サイズは、小、中、やや大です。
犬に吠え立てられることには慣れていますし、普通なら、蹴る振りか石でも投げる振りをすれば、犬の方から引き下がります。ところが、このときは、仲間がいて気を大きくしているのか、威嚇しても引き下がるどころか、がんがん近寄ってきます。
まずいな、と思って、やや大の奴に注意を向けていると、脛にちくっと痛みが。
あれっと思って見ると、なんと、小の奴が噛みついているではありませんか。
見た瞬間、身を守ろうとする本能がカッと燃え上がります。一気に3匹を振り払い、何とか奴らの攻撃圏内から脱出しました。しかし、ズボンの裾をめくると、わずかではありますが、出血しています。
やられた!
一気に血の気が引きました。なぜか。「狂犬病」です。
続く