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旅の話

旅の話 その1 漂流郵便局


2021.05.10旅の話


グァテマラの話ばかりというのも何なので、別の話を。

 

私は、国内外問わず、旅が好きです。旅の目的は、きれいな風景、美味しい食べ物、美術館、季節の花、地元の人とのおしゃべり、鉄道やバスなど移動手段そのもの、ただ歩くこと、様々です。何となく、行ったことがないから、ということもあります。そんな旅の話もしていきたいと思います。

 

最初にお話ししたいのは、漂流郵便局です。

瀬戸内海に浮かぶ、粟島という小さな島にあります。

 

漂流郵便局は、届け先の分からない手紙・届け先のない手紙を受け付ける郵便局で、「漂流郵便局留め」という形で、いつか宛先不明の存在に届くまで漂流私書箱に手紙を漂わせて預かっています。そして、預けられている手紙は、自由に読むことができます。

もともと瀬戸内国際芸術祭というアートイベントの作品の1つとして、旧郵便局舎を改装して期間限定で開設されたのですが、期間終了後も続々と届けられる手紙、そのひとつひとつに込められた思いの強さに心打たれた関係者により、継続されることになったようです。

現在は、残念ながら臨時休館中のようですが、私が訪問したときは、毎月第2・第4土曜日の13時から16時まで開局していて、実際に郵便局長だった方からいろいろお話を聞くことができました。

 

数千通ある手紙の宛先は、亡くなった家族、別れた配偶者、思いを伝えることのできなかった初恋の人、自分などさまざまですが、亡くなった方宛の手紙が多いようです。

流産した赤ちゃん、生まれてすぐに亡くなった赤ちゃん宛のお母さんからの手紙も多く、産んであげられなくてごめんね、育ててあげられなくてごめんね、と謝っているのを読むと、辛くて仕方ありませんでした。

ひとつひとつの手紙に込められた思いの強さ、その手紙を書けないでいた時間の重さ、その手紙を書くことのその人にとっての意味の大きさ・・・私は、頭をぶん殴られるような衝撃を受け続けました。その中でも、とくに印象に残った手紙を3つ紹介します。

 

まず、ある妙齢の女性から、かつての婚約者に宛てた、何通もの手紙。

婚約者と交流があったのは、終戦前の短い期間だけ。婚約者は戦争で亡くなられたようですが、女性は独身を貫いた模様。

最初の手紙では、女性は、数十年経った今でもあなたのことが忘れられない、との思いを吐露し、続く手紙たちでは、二人の思い出の場面の数々、その時々の女性の思い、女性のこれまでの人生、最近の生活上の出来事などについて語り続けます。

女性は、書き進めるうちに、婚約者があたかもすぐ目の前にいるかのように、恋人同士が今日お互いにあった出来事を報告しあうように、お互いがまだ20歳そこそこの若者同士であるかのように、感情を瑞々しいままぶつけるような言い方になっていきます。言葉遣いは、昭和の初めを生きた人の持つ、奥ゆかしいものですが、想いが溢れていて、とてもチャーミングです。

女性はおそらく先がもうあまり長くなく、ご本人もそのことをわかっていて、だからこそ、一番大切な思い出に抱かれて、最期のしばらくの瞬間を過ごしたいのだろう、私にはそう思えてなりませんでした。最後の方の手紙は、少女が微笑みながら語っているようで、本当にきらきらしていて、涙なしには読み進められませんでした。

 

次に、亡くなった息子に宛てた、父親からの手紙です。

息子さんは若くして亡くなったようです。亡くなった原因は書いてありません。

父親は、息子との出来事、最近の話などを淡々と書いていますが、最後に一言、今でもお前の名前を大声で叫びたい、と結びます。

その叫びに込められた父親の気持ちが痛いほど伝わり、茫然とするしかありませんでした。

 

最後に、生き別れた父親に宛てた、子どもからの手紙です。

送り主はすでに成人していて、家庭もあるようですが、父親とは一切交流がない模様。

送り主は、父親に対して、感情がないか、あってもネガティブな感情であることを、隠さず伝えています。

そのような状態になるまで、いったいどれぐらいの時間が必要だったのか、送り主がどれだけの葛藤に苦しんだか、最後に残ったその感情を吐き出すときどんな気持ちだったのか、私には想像もつきません。

でも、ネガティブな感情を伝えることはしんどい、とくに相手が家族など関係の深い人であればあるほど、ということはわかります。

送り主さんが、手紙を書くことで少しでも吹っ切れて、心に澱みなく人生を前に進めることができるよう、祈らずにはいられませんでした。

 

漂流郵便局の継続は、簡単ではないようです。ひょっとしたら、このまま終了してしまうかもしれません。でも私は、どうにかして再開して欲しい、多くの人に漂流郵便局を知って欲しい、思いを吐き出すことの持つ意味の大きさを感じ取って欲しい、と願っています。もし臨時休館が明けたら、是非また訪れて、時間の許す限り多くの手紙を読んで、書いた方の心に触れたいと思っています。

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