死海はイスラエルとヨルダンに挟まれた塩湖で、世界で一番低い場所にある湖です。暑く乾燥した気圧の高い場所にある湖なので、塩分濃度が非常に高いことで有名です。調べてみると、死海の塩分濃度は30%程度、海水の10倍もあります。これだけ塩分濃度が高いのですから、魚は住めません。それで「死の海」と名付けられたようです。こころなしか空気もしょっぱく感じます。
塩分濃度が高いということは、比重が重く浮力が大きい、ということでもあります。湖面に人が浮かんで本を読んでいる、という写真を見たことがある方もいるかもしれません。私も、死海に着いてすぐに水に入り、あれやってみようかな、と思いましたが、本が濡れると嫌なので止めました。しかし、たぶん余裕でできます。本当に体の半分ぐらい浮くんです。というか、身体を沈めようとしても沈みません。勝手に浮いてしまいます。うまくバランスを取れれば、縦の状態でも浮きます。胸から上は空中に出たままです。
死海に浮かぶ感覚は、超常現象のような非現実感があり、楽しいのですが、いくつか注意が必要です。
まず、どこかに傷があると、ものすごく痛いです。というか、死海に入って強い痛みを感じることで、己の身体に傷があることを知ります。
次に、粗暴な人と一緒に入ってはいけません。水を顔面にかけられたりすると、とんでもないことになります。私の隣で、小さな子供が水面をバシャバシャ叩いて、水滴が目に入ったお父さんが悶絶していました。口の中などの粘膜に対する攻撃力も尋常ではありません。
ですので、泳いではいけません。浮力が邪魔をしてうまく泳げませんので、泳ごうとしてはいけません。下手に泳ごうとすると、水が目や口や鼻に入って、炎上します。
最後に、湖水を飲んではいけません。ゴクッと飲んだら、おそらく健康を害します。醤油を飲んではいけない、と聞いたことがありますが、そんな感じです。どうしても味わいたい人も、舐める程度にしましょう。私、死海の水をペットボトルに汲んで日本に持ち帰り、たまに友人に舐めさせて文字通り死海を味わってもらっていたのですが、その中に一人、無茶が好きな人がいて、私の制止を無視してゴクッと一口飲んでしまいました。しばらく固まっていました(今も健在です)。
死海では、水に浮かぶ以外の楽しみもあります。それは泥パックです。死海の浅瀬には泥が溜まっているのですが、この泥はミネラルが豊富とのことで、みなさん顔面から何から、全身に泥を塗りたくって浜辺で寝そべっています。私もやってみました。泥と言っても臭さはまったくありません。グレーのとろっとしたクリームみたいな感じです。空気が非常に乾燥しているので、塗ってしばらくすると、パリパリに乾いてきます。すね毛が固まってくるので剥がそうとすると痛いですが、死海に入ればやがてふやけてくるので大丈夫です。肌に効き目があったかわかりませんが、面白かったです。
死海の郊外に、マサダ要塞という遺跡があり、そこに登りました。この道中、生まれて初めて熱中症になりかかりました。辺りは砂漠です。暑くて乾燥しているので、体内からどんどん水分が奪われていたのでしょう。熱中症などなったことがなく、用心していなかったため、あまり水分を持っていっていませんでした。これが良くなかった。ふらふらしていた私を見かねたどこかの誰かさんが、水を分けてくれました。それで何とか息を吹き返すことができました。熱中症は危険です。
マサダ要塞はかなりの高台にあるので、死海が一望できます。対岸のヨルダンまで見渡せます。死海から蒸発する空気のせいで、遠景が揺らめいています。東のヨルダン、その先のサウジアラビア、はたまた北のシリア、レバノン、それまではなんとなく怖くて遠い国だったのが、すぐそこにあることや、そんな場所に自分がいることを、不思議に感じていました。
続く