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海外の旅

海外の旅の話 その15 意識朦朧


2023.01.05海外の旅


初めてのアジアは、タイでした。

私は普段から、渋谷や吉祥寺のエスニック雑貨屋で買ったタイの服を着たり、タイカレーを食べに行ったりしていました。たまには自分でスパイスを買い込んでタイカレーを作ったりもしていました。そんな私にとって、タイに行くのは自然の成り行きでしたが、それまでの旅先は北国ばかりだったので、多少の躊躇はありました。しかし、見分を広めるにはアジアに行くべきと思い、満を持してタイに旅立つことにしました。

 

3月のある日、まだ肌寒さが残る東京を発ち、バンコクの街中に着いたのは、すでに夜でした。なのに暑い。それもそのはず、タイでは3月から5月までを暑季といい、1年で一番暑い時期です。安宿街に辿り着き、その日の宿を探し始めた私の毛穴から、早くも汗が噴き出てきます。宿探しに時間をかけようか、なんて気持ちはあっという間になくなります。とりあえず入ったホテルで空いていた1000円ぐらいの部屋に入ります。天井からファンがぶら下がっています。クーラーはなし。ファンをつけると、グラグラ揺れながら空気をかき混ぜ始めます。涼しくはなりません。それどころか、もわっとした空気が容赦なく全身にまとわりつき、より一層湿気を強く感じます。

 

たまらず外に出ました。食事は当然、屋台です。何しろ初めての東南アジアです。屋台めしを食べに来たといっても過言ではありません。屋台はそこら中にあり、何種類ものおかずが並んでいます。どれを見ても美味しそうです。とは言えここは激辛王国タイ、油断は禁物です。見た感じ唐辛子の分量が少なそうなものを選び、適当に注文します。しかし、そう甘くはありません。私の舌が感じ取ったところによると、赤いのは基本唐辛子ベースで辛い、緑のは基本青唐辛子ベースでさらに辛い、黄色のは基本ショウガベースでそれほど辛くない、という具合に分類できます。なので、平和かなと思って頼んだ緑おかずは、激辛です。しかし、頼んだものを残すのは大嫌い。頑張りますが、赤や緑が口内を攻め立て、汗が肌を伝って流れます。シンハービールで舌を和らげますが、喉を通ったビールはすぐに汗に変わって流れ出ていきます。食事を終えた私は、辛さ・暑さ・酔いで意識朦朧としています。Tシャツもズボンもびしょびしょ。着替えをほとんど持ち歩かない私は、部屋に戻って水シャワーで身体を冷ましながら、着ていた服一式を足踏みで洗濯しました。湿度100%に近い室内で、なるべくファンの風が当たる場所に洗濯物を並べて、翌日には乾いていることを祈りつつ。

 

翌日は市内観光です。一足早くバンコク入りしていた友人と合流し、一緒に回ります。しかし、暑い。有名な寺院をいくつか巡ったはずですが、あまり覚えていません。拝観というより、むしろ休憩のために境内に座って呆然としていたように思います。普段の旅であれば、日中は休むことなく歩き回るのですが、あまりの暑さに気力も体力ももちません。たまらず宿に戻り、ベッドに寝転がって、ぐらんぐらん回るファンを眺めながら、ぼんやりと体力の回復を図ります。

 

夜。再び友人と合流し、せっかくなのでちょっといいお店に行きます。タイ料理と言えばトムヤムクン。当然、トムヤムクンを頼みます。日本で食べるものとは、味のパンチが違います。酸味もコクも強く、たしかに美味しい。しかし、辛さも生半可ではありません。もっとも、私たちに残すという選択肢はありません。明日のことなど考えず、舌と胃に激しいダメージを感じながら、完食しました。私たちは激しく消耗し、意識は混濁していましたが、それでもここで解散するのはもったいない。それに、元々飲み友達です。もちろん、飲みに出かけます。

 

大渋滞の道をどうにかして進み、入ったのはライブハウス。海外では初めてです。出演者はタイ人女性シンガー。誰だか知らないし、歌もタイのものらしく全然聞いたことがありません。しかし歌声はなかなか見事です。初めて聴くタイ語の歌は、発音が独特でなんだか楽しい。何曲か歌ううちに、かぶりつきに陣取る私たちが外国人だと、シンガーは気付いたのでしょう。英語で「スタンドバイミー」を歌い始めました。その声はハスキーかつボリューミー、唸るように歌い上げる様はもはやブルース。原曲のニュアンスをはるかに凌駕する、迫力溢るる「スタンドバイミー」に、私たちは圧倒されました。

 

翌日、心はスタンドバイミーに疲れ、消化器官のすべてはトムヤムクンに疲れています。とてもじゃないけど、太陽と湿気と唐辛子との勝負に挑む気にはなれません。どこに行ったかまったく覚えていませんが、おそらくだらだら過ごしたのでしょう。ぐらんぐらん回るファンの映像が、幻のように脳裏に浮かんでいます。

 

 

続く

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