せっかく北欧に行くのだから、最果ての地を踏みたい。そう思って、私はスカンジナビア半島最北端、北緯71度の位置にあるノルウェーのノールカップを目指すことにしました。
まず、ノルウェーの首都オスロから、大西洋岸にある第2の都市ベルゲンまで鉄道で移動して観光した後、フロムという町まで引き返して、有名なソグネ・フィヨルドを船で渡りました。
フィヨルドの入り江は、非常に複雑に入り組んでいます。また、陸地は急な崖になって海面に落ち込んでいます。そのため、道路を作るのは難しく、あったとしても急な斜面を上り下りしなければならず、陸路の移動には時間がかかります。一方、海岸線が複雑に入り組んでいること、外洋から遠く離れた場所までフィヨルドが入り込んでいることから、海は穏やかで波はほとんど立ちません。それで、フィヨルド内の移動はもっぱら船が利用されています。
しかし、入り江の奥に点在する集落同士をそれぞれ航路で結ぶのは維持費が大変ですし、各集落を順番に巡っていくのは時間がかかります。そこで、それぞれ行先の異なる船同士が、港ではなく、海上で横付けになるか浮き桟橋を使い、乗客を乗り継ぎさせています。
私も、何回か船の乗り継ぎを繰り返して、バスの発着する町まで移動しました。この間ずっと曇りか雨で、船上は肌寒かったのですが、私はレインウェアをまとってデッキに出て、寒さに耐えながら風景を眺めて過ごしました。
バスに乗り換えてからは、急峻な崖をひたすら上り下りして進みます。日光いろは坂がかわいく思えるような、カーブに差し掛かる直前まで下の道がまったく見えない、物凄いヘアピンカーブの連続です。ヨーロッパはバスの国際線も多いのですが、ノルウェー行きの便は運転手がみんな嫌がる、という話を聞きました。たしかにそうだろうなと思いました。転落したら絶対死ぬなと思って冷や冷やしながらいましたが、バスは無事時間通りに目的地に到着しました。ノルウェーのバス運転手、すごいです。
その後、親切なご婦人に食事をご馳走になった特急電車に乗り換えて、さらに沿岸急行船に乗り換えです。沿岸急行船は、ベルゲンからキルケネスというフィンランド国境に近い町まで、いくつもの町に立ち寄りながら片道1週間ほどかけて移動する、ノルウェーの海の大動脈です。観光客もいましたが、いくつか先の町までの移動に利用する地元客が多いように見えました。
乗船チケットだけでも乗れますが、船室を取る場合には別途料金が必要です。私は、ユーレイルパスで乗船できたし、お金がなかったので、船室代をケチってロビーで夜を過ごそうとしました。しかし、航路の最南端に位置するベルゲンですら、北緯60度にあります。航路の半分ぐらいは北緯66.6度以北の北極圏にあります。夏とは言え寒いです。
私は、生存に最適な場所を求めて船中を探索し、デッキのボイラー室の隣が最も暖かく風も避けやすいことを発見しました。そこで、デッキにあったプラスチック製の椅子を持っていって陣地を確保しました。
しかし、安心したのもつかの間、皆さん同じことを考えるもので、トイレに行くなりして席を立とうものなら、すぐに誰かに場所を奪われてしまいます。地元客は船中泊などしないので、客室など取りません。そのため、目的地まで寒さを凌ぐ場所を確保する必要があるのです。仕方ないことではありますが、いまいましくもありました。しかし、80歳を優に超えているであろう白髪の老婦人お二人(そっくりだったのでおそらく双子)が、椅子を並べて仲良くお昼寝しているのを見たときは、なんとも微笑ましく、まあいいかなと素直に思えました。
ボイラー室のある場所は所詮デッキ、風が当たります。夜になるとさらに冷えてきます。私は落ちている新聞紙を拾い集め、着ている服の間に巻き付け、持っている服はすべて着たうえで、ロビーに寝転がっていました。しかし、ドアのないロビーには風が容赦なく吹き込んできます。とてもじゃないけど眠れません。意識朦朧の状態で朝を迎えた私の記憶が正しければ、その夜の最低気温は2度でした。翌日、船室を確保したのは言うまでもありません。一番安い2等客室でしたが、革命的に暖かかったです。逃げ場を確保して余裕が出てきた私は、夜もデッキで景色を楽しみました。8月なので完全な白夜ではありませんでしたが、水平線の下に沈んだ太陽は、残照を放ちながらそのまま横に移動し、しばらくすると再び顔を出してきました。夕焼けがそのまま朝焼けになったような感じです。これはとても面白かったです。
私は、ホニングスボーグという、ノールカップに一番近い町で船を下りました。そこから先はバスです。さあ、いよいよヨーロッパ最北端の地に辿り着きました。岬に立つと、広い海が目の前に広がっています。海自体は普通ですが、この先は北極なんだな、と思うとワクワクします。長い時間をかけて長距離を移動してきた甲斐はありました。満足です。
最北の地を味わった後は、フィンランドの首都ヘルシンキに向け、ひたすらバスで南下します。フィンランド北部は、ラップランドと呼ばれる地域で、先住民ラップ人が住んでおり、いかにもでっかいトナカイが出てきそうな雰囲気です。途中の村で、宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長が着ていたような、ラップ人の民族衣装のコートが売られていました。非常にそそられたのですが、予算の兼ね合いで泣く泣く諦めました。しかし、あの時無理してでも買えばよかったと後悔しています。
サンタクロースの故郷として知られるロヴァニエミで、バスを乗り継ぎました。サンタクロース村という施設に立ち寄ったのですが、あいにくサンタクロースは不在でした。夏休みでも取っていたのでしょう。OKです。彼にもお休みは必要です。クリスマスカードの発送サービスがあったので、日本の家族や友人あてに、めったやたらとクリスマスカードを申し込みました。実際に届いたのは、確認できた限り、2通だけでした。切手代を支払った記憶がないので、純粋なサービスなのでしょう。2通届いただけでも良しとしなければ。
ヘルシンキに着いた頃には、北の大地はお腹いっぱいになっていました。ザリガニでお腹を壊したのは、そのせいだったのかもしれません。
続く