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海外の旅

海外の旅の話 その21 行き倒れからの


2023.01.29海外の旅


セブ島で濃厚な一週間を過ごした私は、マニラに戻っても、心にぽっかり穴が開いたままでした。帰りの飛行機にはまだ一週間ほどあります。しかしマニラではやりたいことが思いつきません。相変わらず天気もよくありません。このままでは、時間を持て余すだけです。そこで、レガスピ行きの列車の車掌さんにもらった自宅住所のメモを頼りに、マニラ北方のある町に向かいました。

 

町に着き、人力車を拾ってメモを見せ、目的の住所に向かいます。この日はあいにくの大雨。車夫も私もずぶ濡れです。道路も冠水していて、思うように進めません。どうにか目的地に辿り着き、玄関のチャイムを鳴らします。出てきたのは、車掌さんの奥さんと思われる、品の良い中年女性。彼女の目の前に現れたのは、見ず知らずの日本人。しかも全身ずぶ濡れ。当然、怪訝な顔をしています。私は奥さんに、必死に事情を説明します。すると、あー聞きましたよ、よく来てくれましたね、主人はあいにく留守ですが、どうぞお入りください、と招き入れてくれました。

 

中流家庭の、清潔感のあるお宅です。私は、これで一安心、と気が緩みました。すると間もなく、旅の疲れか、雨に打たれたせいか、悪寒が走ります。程なくして倒れ込んでしまいました。奥さんはさぞ驚いたと思います。はっきり覚えていませんが、最低でも3日は高熱にうなされていたはずです。しかも、解熱剤は奥さんが買って飲ませてくれました。たぶん、代金は精算していません。胃に優しそうな食事も作ってくれました。見知らぬ外国人に、よくそこまでしてくれたものです。私には到底あのようなことはできません。

 

私がほぼ快復したころ、ご主人が出張から戻ってきました。ご主人は、奥さんから経緯の報告を受けて、まずは驚き、そして私の来訪と快復を喜んでくれました。そして、私が元気になったのを見計らって、ホームパーティーを開いてくれました。何人かの若者が集まり、庭でバーベキューです。誰かが、そのときフィリピンで流行っていたダンスを披露してくれました。私も見よう見まねでやってみると、それなりに盛り上がってくれます。おかげさまでとても楽しい一夜を過ごすことができました。

 

ご家族に厚く御礼を述べて、マニラに戻ります。もはや心残りはありません。清々しい気分で帰国の途に着きます。空港では、私の前で、二人のフィリピン人の女の子が搭乗手続に手間取っています。かなり時間がかかっているうちに、一人と話が始まりました。日本に働きに行くところだ、フィリピンではダンサーかシンガーとしてオーディションに通りレッスンも受けた、日本は初めてで、楽しみでもあるけれど不安もある、などなど。付き添いの日本人もいるとのことだったので、周囲を見回すと、後方でこちらを見つめている男性がいました。普通の会社員という雰囲気ではありません。私が二人と話しているのを、怪訝な顔で見ています。二人が気が変わって逃げたりせずに出国するまで、見届けるのが役割なのでしょう。

 

彼女たちが日本で嫌な目に遭わないことを心から祈りつつ、二人と別れて飛行機に乗り込みました。隣の席に座ったのは、若いフィリピン人の男の子。やはり日本に働きに行くところとのこと。彼の行く手にも幸多からんことを祈りつつ、成田で彼と別れました。

 

この旅では、出会ったフィリピン人たちの溢れ出るホスピタリティと、グァテマラから帰国後間もない私の外国人に対するオープンな態度が、うまくマッチしたことで、多くの素敵な体験ができました。帰国後もしばらくは、自分がまとったフィリピンの空気から抜けられずにいたほどでした。

 

 

続く

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